ドキドキする仕事
不動産の撮影を仕事にしています。
リフォーム済の販売用物件の撮影です。
ウェブサイトに掲載して「この部屋はいい感じだなあ」と思ってもらう
そういう写真を撮ってお金を頂くのです。
ぼくは下請なので、不動産販売会社から依頼された元請から、メールでお仕事が回って来ます。
基本的に一人で指定された物件に行って、鍵を開けて部屋に入って写真を撮るのですが
この「ドアを開ける瞬間」というのは結構ドキドキします。
ブレーカーが落とされて電気の通わない部屋は薄暗く、生活感がありません。
誰も生活していないのですから当然なんですけどね。
明るい外から入ると、目が慣れなくてことさらに暗く感じます。
「仄暗い水の底から」なんていうこういうシチュエーションで
思い出したくないタイトルをついうっかりと思い出してしまいます。
それで、とりあえず最初にブレーカーを探します。
そいつはトイレか洗面所か、たまに玄関のシューズロッカーの中などに隠れています。
玄関に近いところだったら嬉しいのですが、洗面所はちょっと嫌です。
必ず「鏡」があるじゃないですか。
暗い中の鏡って、見たくないんですよね。
何か映ったらどうしよう、なんて思うとコワいのでできるだけ見ないようにするんですが
でもやっぱりついつい見てしまうんです。
灯りのスイッチは入れられたままのことが多いので、電源を入れると部屋全体がにわかに明るくなって
ホッとします。
しかしその直後たまに女性の声がして「びくっ」とすることがあります。
「正常です」と話すその声の正体は、ガス漏れ警報器です。
ひととおり明るくなって心が落ち着くと、そこはそれリフォーム済のきれいなマンションですから
ちょっと気分が良くなって撮影に取りかかります。
まず玄関に近い部屋から。
ドアを開けて部屋に入って、超広角レンズで撮ります。
画面が歪まないように、水平と垂直に注意して。
一枚撮ったら、クローゼットや押し入れの収納を開いてもう一枚。
この収納というのもちょっとドキドキします。
中に何か変なものが有ったらどうしよう。
有るならまだしも、居たらどうしよう。
いやいやいやいや、居ない居ない居ない。
がちゃ。…
居なかった。
そんなプチドキドキを重ねながら、一部屋ずつやっつけていくのです。
この仕事を始めてから、できるだけ恐い映画を見ないようになりました。
また、恐い本も読まないようになりました。
「心霊写真特集」なんていう番組も当然NGです。
はっきり言って、ぼくは恐がりです。
写真の仕事と並行して、こうやって文章を書く仕事もしているわけですが、なまじ想像力が必要な仕事を
生業にしているせいで、その物件が売られた背景についていろいろと要らない想像をしてしまうのです。
お一人様世帯が増えている現在、孤独死はもう、ごく当たり前になりつつありますよね。
住まわれていた方がお亡くなりになって、遺族の方が売却された部屋ということも当然普通に
あるんじゃないか。
そういえばこの浴室、ちょっと妖しい気配を感じる。
いやいやこの押し入れの天井にあるシミはもしかして……。
事故物件は先に教えておいてくれれば、あ、いや、教えないでください、いやいや、聞きません聞きません、ぼくはなーんにも知りません!
この仕事、日々ドキドキが止まりません。
著:おじま あきら