リッチテイストには歴史あり

日本屈指の高級住宅街を擁する兵庫県芦屋市、古くから財界人が居を構える、周辺地域の人々にとって憧れの街です。
しばしば東京の田園調布と並び称されますが、芦屋に存する邸宅には単に「高級」という言葉の枠に収まらない、独特の雰囲気があります。
 
明治の頃、「東洋一の美しい街並み」とまで称された神戸の外国人居留地。ここを中心として神戸・芦屋のエリアに洋風建築の街並みが広まりました。
モダナイズされたモニュメントや公共建築も点在し、今に至っても異国情緒漂う街並みがこのエリアの最大の特徴となっています。
 
同じように外国人居留地として発展した横浜の山手町、こちらも異国情緒漂う街並みが残り、神奈川県の代表的な高級住宅街として知られています。
 
外国人居留地は栄えた街ばかりではなく、すぐに廃れてしまった場所もありました。
しかし、その中でも発展した2ヶ所が同じようにモダニズム建築を残し、今現在洋館の並ぶ高級住宅街として生まれ変わっています。
「住宅のリッチテイスト=モダニズム建築」、日本人の中には、この感覚が間違いなく存在していると言って良いでしょう。

日本人が否定できないリッチデザイン

ひと口に洋館といっても、ヨーロピアン様式やビクトリア様式、コロニアル様式など、さまざまなスタイルがあります。居留地に残る建築物を見ても、アーチを多用した開放的なもの、重厚感ある装飾が施されたものなど、それぞれ違いがあることがわかるでしょう。
 
明治時代に入ってから西洋諸国と文化的な交流を拡げた日本人。
古来、中国から仏教や儒学などを貪欲に取り入れていたことからわかるように、日本人は新しもの好きで、異文化への抵抗感より好奇心が勝る国民性です。
 
外国人居留地などで繰り広げられる各国の文化にも、当時の日本人はぎゅっと心を掴まれたのでしょう。それからずっと日本人は好奇心の求めるまま、ファッションや音楽などたくさんの西洋文化とともに生活しています。
モダニズム建築の洋館も同じように、未だ私達にとって強い憧れと興味を抱く対象なのです。

新車はパリを走る

80年代から90年代にかけて、パリの街を縦横無尽に日本車が走り回るCMが放送されていました。
「街の遊撃手」のキャッチコピーで知られる、いすゞ自動車のGEMINIのCMです。
オスマン様式のアパルトマンやアール・ヌーヴォー様式の建築物が並ぶ街並み、その中をスタイリッシュな車が駆けていく様は印象的で、名作CMとして未だ根強い人気があります。
 
こうした映像には普遍的なアピール力があるようで、新車がパリやローマの街中を走るCMは、近年でもしばしば放送されています。
しかし実際に購入された車が走るのは日本の街や高速道路。外国の街中を走るCMに人々が惹かれるのは、一体なぜなのでしょうか?
 
日本人は西洋文化とモダニズム建築への憧れから、ヨーロッパの歴史ある街並みに特にお洒落なイメージを抱いています。
美しいお皿に盛り付けられた料理はより美味しそうに見えるもの。同じ理屈で、パリやローマの街並みを走る車は、日本人の目によりスマートに映るのです。
そして、美しい街並みとスタイリッシュな車のパッケージングは、リッチかつ洗練されたライフスタイルの夢も見せてくれます。

憧れが憧れを生む

モダニズム建築は、近代ヨーロッパやアメリカ、明治以降の日本を描いた映画などで目にすることができます。例えば「風と共に去りぬ」を観て憧れを抱いた人も多いのではないでしょうか?
 
マンション建築やリノベーションでは、モダニズム建築への強い憧れをデザインに反映させるオーナーが少なくありません。
「流行に左右されないデザイン性」「生活をグレードアップする高級感」、洋館デザインの持つ魅力は、住まい手以上にオーナー側がこだわりを持っている傾向があります。
 
TVでの有名人の豪邸拝見企画でも、紹介されるのは「リッチに意匠を凝らした洋館」というのが定番です。
機能性とアート性を併せ持つ現代建築の邸宅もないわけではありませんが、しかしやはり日本人にとって眩しささえ感じる「高み」を象徴するのは、モダニズム建築、洋館デザインのリッチテイストなのです。
 
異文化への好奇心を開放した文明開化から百余年。
日本人が洋館デザインに感じるときめきと高揚感は、1世紀以上経っても色褪せません。
きっと次の100年間も、あるいはもっと先まで、洋館のリッチテイストは息の長い憧れであり続けるでしょう。
 
著:猫野 千秋