ベオグラムの誘惑

「ステレオ装置」という言い方は、最近あまり聞かなくなりました。さらに昔は「ハイファイ」なんて呼んだりもしてましたが、つまりオーディオのことですね。

昔のおうちにはたいてい「応接間」というものが有りました。
文字通り、お客さんに通っていただいて応対する部屋です。
「自宅」というプライベートな空間の中で、唯一外に向けて開かれた部屋ですから、普通ちょっと豪華によそ行きの顔をしていました。
テーブルと、ソファと、ガラスのテーブルに石の灰皿、天井からはシャンデリアなんかも下がっていたり。
そしてたいてい壁際には、重厚で立派な家具調のステレオ装置が鎮座していたのです。
ステレオ装置というものは、とにかく大きく重く電気をたくさん食うやつほど音がいい。
そんなことが昔よく言われてました。そして実はそれ、正解でした。
アンプもスピーカーもそうですが、特にレコードプレーヤーは重ければ重いほど、一般に共振も回転ムラも
少なくなるのです。

「普通の人の自宅にかしこまった来客なんて実はそうそう無い」という事実に世の中が気づいたのか、
あるいは狭い家に普段使わない部屋を作るなんて無駄じゃね?ってことなのか、
応接間は次第にあまり見かけなくなり、日本の間取りはリビング重視に変わっていったように思います。
するとステレオ装置もそれまでとは変わって、コンパクトでお洒落なものが人気になりました。

1980年代初め頃だったでしょうか。
YMOが流行って、ビデオデッキが家庭に普及し始めて、ソニーがウォークマンを発売して、オープンエアな
感じのヘッドホンを付けた人が街中に現れた、そんな時代です。
ステレオ装置も「オーディオ」とか「コンポ」と呼ばれるようになりました。
ミニコンポと呼ばれるコンパクトなオーディオは、国内ではTechnics(パナソニック)のコンサイスコンポとか、その辺りから始まったかと思われますが、世界に目を向けると,その分野でひときわ輝いていたのはB&Oでした。

バング・アンド・オルフセン、通称ベオグラム。
デンマーク製のこのオーディオは、その性能はもちろんデザインがとにかく素晴らしくて、未来感に溢れていたのです。
そう、まるで映画「2001年宇宙の旅」からそのまんま出てきたような、そんな佇まいでした。

例えばB&Oの代表的な製品に「サウンド・ウーベルチュール」というのがありました。
これはラジオとカセット、CDプレーヤー、アンプ、スピーカーが一体になったモデルで、そのメカの前面には強化ガラスの「扉」が付いていました。
手を近づけると、その扉が左右に「すーっ」と開くのです。
まるで自動ドアのミニチュアのように。
あれは日本橋のオーディオ屋さんの店頭だったと思いますけど、その滑らかな動きに思わずテンション
だだ上がりでした。
壁掛けで使うこともできるそのシステムは、定価が50万円。
よく考えたら「ちょっと音のいいCDラジカセ」なんですけど、考える隙も与えない素晴らしすぎる
デザインだったんですね。
レゴといいロイヤルコペンハーゲンといい、デンマーク人おそるべし。

本棚の隙間でふと見つけたカタログを繰っていて、
「いつかコンクリート打ちっ放しのナウいリビングで、ベオグラムから流れるテクノポップを
聴きまくりたい」なんて。

日本中にバブルの嵐が吹くちょっと前、そんな小洒落たプチ野望を周囲に語っていたのをふと思い出しました。

著:おじま あきら