下ごしらえに時間をかける
街歩きをしていると、気になる建物に出くわして足を止めることがあります。
目をひく建物にはそれぞれ、深い味わいがあることに気付かされます。土地の景観に馴染んでいたり、歴史の一部として町と共に育っていたり。
建物のそんな「深い味」の秘訣は、丁寧な「下ごしらえ」にあります。
建築に取り掛かるまでの調査や準備といった「下ごしらえ」の部分に多くの時間が費やされているのです。地域の風土や文化、人や経済の動きなど、勘案すべきことがらは多岐にわたります。
リノベーションの場合は、これらに加えて、建築物の長所・短所や個性といった情報を事前に仕込んでおく必要があるのです。
メインの素材を何にするか
「リノベーションの成功に必要なものって何ですか?」
こんな風に訊かれたとき、
「メインの素材選びです」
と答えるようにしています。
古びたレンガタイルや色あせた吹付塗装、錆びついた鉄骨階段、不規則に並ぶアルミ窓……。建物が本来持っている個性の中から、どのパーツを選び、何をメイン素材として磨いていくのか。このチョイスがうまくいけば、建築リノベーションの70%は成功したも同然です。
人がどんな素材に新鮮味を感じ興味を持つのかを考えて、「メインディッシュ」を決めていきます。
引き算のレシピ
とはいえ、
「特徴的な素材を使えばいいのか!」
と早合点して、あれもこれも盛り込んでしまうと、デザインの焦点がぶれてしまうので要注意。
タイルに石に金物、サインや照明。目を惹く意匠はここぞという場所に配されてこそ魅力を発揮します。
リノベーションの始まりは引き算から。
まずは建物そのものに向き合い、不必要な部分を見極め、思い切って取り払いましょう。庇を取り払い、使わないドアーを撤去します。時には新しい壁で補うことも。
不要な視覚情報が取り払われ、色彩や形状の凸凹がならされると、その建物ほんらいが持つ美しい「背骨」が見えてきますよ。
スパイスで個性と鮮度
すっきりとした土台の形が見えたら、スパイスをチョイスしましょう。
建築デザインは料理の手順と同じです。
手間をかけた下ごしらえと、じっくり選んだ良い素材。最後にアクセントを加えます。
「下ごしらえ」の際に手に入れた土地の情報を取り込んだガーデン。
「メインの素材」を引きたてる照明やサイン。
「引き算」で得た開放性を際立たせるオブジェ。
アクセントに用いるスパイスは、大掛かりな土台部分ではないだけに、旬のアイテムを気軽に盛り込みやすいですよね。料理にも「旬の味」があるように、建物にも「旬の形」があります。売れる・売れないという視点ではなく、流行る・流行らないという視点でリノベーションを捉えましょう。すると空間にぐっと鮮度が加わって、町そのものが持つ「今の気分」を取りこんだ仕上がりになりますよ。
入念な下ごしらえと、間違いのないメイン素材選び。引き算で空間の骨格を見極めたら、思いっきり新鮮なスパイスを。最後はオーナーさんのセンスの見せどころです。どんな味付けにしようか、ワクワクしてきますよね。
建物と向き合って、好きな味を見つけてみて下さい。
著:岡田麻沙