いま一度エントランスについて考えてみる

建物の顔はたぶん、エントランスです。
本当に顔があるのか?
じゃ、どこが胴体でどこが腕なんだ?まずエビデンスを示しなさいよ!
なんてまじめに問われるとちょっと正直めんどくさ、いや、ごめんなさいなんですが、
でもきっとそう間違ってないと思うんですよね。

スーパーやショッピングモールのエントランスはとにかく誰でもウェルカムな顔で
にこにこしているように見えますし、銀行のエントランスはそれより幾分か真面目そうな顔に見えます。
警察署のエントランスはいつでも戦えそうな顔をしていますし、
○○組事務所のエントランスはうかつに触れてはいけないような表情を湛えています。

では、マンションのエントランスはどうでしょうか。
普段暮らす人にとっても、これからここに住もうかと考える人にとっても、
もちろん明るく和やかな表情がいいでしょう。
帰ってくるとホッとする、心安まる場所であって欲しいですよね。
でも、住居である以上「誰でもウェルカム」ではやっぱりよろしくないです。
住民でもお客さんでも無く、関係ない人がどんどん入ってきたのではやはり具合が悪いですもんね。
関係ないどころか、何か悪いことをしようと思ってる人が入ってくるとこれはますますよろしくない。
むかし、関西の家では玄関の内側の上のところに「十二月十二日」と書かれた紙を逆さまに貼るという風習がありました。
これは何かというと、泥棒除けのおまじないです。
泥棒の大親分といえば石川五右衛門。
彼が捕らえられて京都の河原で釜ゆでになった日が十二月十二日だったということで、
屋根から伝わって玄関に侵入しようとした泥棒がこの紙を見て
「ああこわい!」と犯行を思いとどまるように、ということなんだそうです。
なんで玄関から侵入するのにわざわざ天井から逆さまになって来るのかという素朴な疑問はあるのですが、
まあおまじないなんてそういうものなんでしょう。

巨大なタワーマンションのエントランスのように、豪華な空間がしつらえてあって
若くて美しいコンシェルジュが24時間ほほえみを湛えて常駐している、
なんていうすごいものもあれば、一方で昔のアパートなどのようにいきなり鉄むき出しの階段と
オープンな廊下というような昭和情緒溢れダダ漏れ掛け流しみたいなものもありますよね。
そういう思い切り振り切った両極端は別にして、ごく一般的なエントランスについて考えてみたいと思います。

マンションや集合住宅のエントランス。
物件のオーナー様にはいろいろと気になるところでしょう。
当ページにも以前から『エントランス三大悪!暗い!せまい!古くさい!』 http://ishokujyu.net/detail/136 という記事があるのですが、今回は「その2」です。
この記事がいまでも比較的よく読まれている、というところからも関心が高いのだろうと思われますので、
その第二弾ということですね。
って、ものすごく前置きが長くなってしまいましたが。

 

前回の提案を踏まえて、明るさについて

前回は「明るさ」や「色」、鏡やガラスなどのしつらえによって広く感じさせる、
あまりコストをかけないで「狭く感じさせない工夫」を提案させていただきました。
今回はそれに加えてさらにコストをかけない方法、ちょっとしたアイデアをお伝えしたいと思います。
いきなり前回の話をひっくり返すようですが、エントランスの暗さは一概に悪いことではありません。
ただしその暗さが「ムーディな暗さ」や「落ち着きを感じさせる暗さ」だった場合です。
人は暗いと気が滅入りがちですが、四六時中煌々と照らされた明るいエントランスはまたそれはそれで
落ち着かないと感じることもありますよね。
古びたコンクリートに60wの白熱電球、というような陰気な暗さは論外ですが、
上手く演出された適切な暗さは「高級感」を感じさせると同時に、
例えば通行人など関係ない人に対して「なんとなく侵入しにくいな」と思わせる心理的な効果も期待できます。
住む人には快適に、そうで無い人にはちょっと敷居が高く。
エントランスの明るさを上手に利用したいものです。

人の気配をうまく伝えたい

さらにもう一つ、明るさ以外に有効だと思われるのは、
「そのエントランスに人の気配があるかどうか」というところでしょう。
エントランスのちょっとしたスペースや壁などに、ごく簡単なものでいいので
「季節のしつらえ」をしてみる、ということを提案したいのです。

例えば新年には小さな門松、三月にはお雛さま、五月には鯉のぼり、夏には朝顔や風鈴、
秋にはイガのついた栗をひとつふたつ、そしてハロウィンやクリスマス、
というように簡単なものを一つ飾ってみると、エントランスの空気が少し変わるんじゃないでしょうか。
ホームページなどでも、ここ何年も更新された形跡が無いような放置されたページは、
掲示板がどんどん荒れ放題になりがちです。
誰も管理していない、と思われると心ない人に荒らされてしまうのですね。
この場所について誰か気にかけて管理している人が居る。
そう思わせることで、住人にはちょっとした安心感、外部の人にはちょっとした緊張感を与えられれば、
エントランスというものがより有効に心地よく機能するのではないかとそう思うのです。

住まう人が日々必ず接するエントランス。
また、入居を検討される方が最初に接する場所でもあります。
ちょっとした工夫で改善できればこれは大変お得なんじゃないでしょうか。

著:おじま あきら