照明に“明るくない“日本人
日暮れ時、通りに立ち並ぶマンションの窓々に目をやると、まるでパッチワークのように白い明かりとオレンジの明かりが縫い合わされた光景に出くわします。共用の廊下では青白い蛍光灯がジイ、ジイとうなり声をあげており、そうかと思えば、コンビニの駐車場では本が読める程に強烈な明度の光に晒されて、落ち着かない気分になる……。
かつて谷崎潤一郎は随筆『陰翳礼讃』において「影が美しいと光が際立つ」と語り、日本の空間は影で構成されているのだと看破したものでしたが、近代以降、新しい建築様式を輸入する過程で、こうした土着の「影を楽しむ文化」と新しい「光を生かす文化」を融和させることができぬまま、私たちは途方に暮れているようです。多くの日本人は今、照明が明るくないと気が済まないので、光の効果よりも明度を優先します。その一方で、白熱ライトで薄暗さを生かした欧米のインテリアにも憧れを持っています。
影の文化と光の文化は正反対のように見えますが、相補の関係性にあるはずです。いまいちど空間の持つ意味に立ち返り、「何を」「何のために」「どのように」照らしたいのかを考えることで、ワンランク上の照明効果を手に入れることができます。
外観照明はキャンドルで
まずは、外観照明、家の外側に設置する光源について考えてみましょう。
欧米では、来客時の出迎えに玄関先でキャンドルを灯す習慣があります。オレンジ色の暖かな明かりが、人々を優しく包みます。こんな風に「家主のため」ではなく「来訪者のため」という視点を用いた光の文化が、外観照明の原点と言えるでしょう。照明は空間と人、人と人との関わり合いの中で機能しているのです。
欧米のインテリア照明は、照度の必要な場所や人が滞留する場所に光を配します。また、外壁やアプローチなど、奥行きを与えたいエリアの近くを照らしてコントラストを上げたり、質感を変えたりすることで、空間を引き締めます。これは住む人だけの満足や利便性の追求というよりは、家を訪れる人や、周囲に住む人々との関係性を表現する、コミュニケーションツールとしての側面があります。「ようこそ」と語りかけるためのキャンドルライトを取り入れて、光の会話がある生活を始めませんか。
松明(たいまつ)焚くならブラケット
玄関や家の門に、松明を灯しましょう。
松明――トーチランプと呼ばれることもあるこの照明――には、「闇を照らす」「この世を照らす」シンボルとしての役割があります。カトリックの教会でミサに用いられることの多かった松明ですが、古くは『日本書紀』に、イザナミノミコトが手にしたという記述があるほど、私たちにも馴染みの深い明かりなのです。壁面や柱に取り付けることのできるブラケット器具であれば、現代でも気軽に取り入れることができます。
とはいえ、建築スタイルとのコーディネイトは必要です。松明なのか、灯篭なのか? 空間の主役は器具ではなく、照らされるものと隠されるものとが醸す統一感です。あれやこれやの組み合わせを勘案しながら、最適な1本を見つけたいですね。
屋内においても、空間に映え、空間を生かす照明の選び方があります。3.5メートル以上の天井がある部屋であれば、シャンデリアなどの大ぶりな照明器具も、圧迫感なく配置できます。頭上の空間が寂しいと感じているならば、その部屋にはシャンデリアがよく似合うでしょう。
クラシックな雰囲気を持つスペースには、真っ白な明かりよりも、2700ケルビンの電球色が映えます。「ケルビン」は光の温度を示し、2700ケルビンは蛍光灯よりも暖かく、ろうそくよりも涼しい数値です。ただし、使い慣れた白い光よりも暗く感じる場合があるため、必要な明るさを手に入れるための数や大きさに注意をしながら選んで下さい。
空間と照明との関係性において、絶対に失敗しない方法は、極力目立たない照明器具を選ぶことです。光源ではなく照らされる対象に意識を向けることで、空間は統一感を上げていきます。
DIY照明でリノベが“明るく
空間演出において、明かりそのものよりもむしろ、照らされる場所や照らし方のほうが重要なのだと飲み込めれば、器具にこだわる必要はあまりないのだと合点がいきます。究極的には、光源は人目に晒す必要すらありません。LEDの裸電球で物陰から木々を照らすだけで、ユニークな形を感じさせることができます。
隠れた場所から照らすと、ものの形や質感はいっそう存在感を増します。壁を照らすことによってざらざらとした手触りを感じさせたり、廊下の片隅を照らすことで奥行きを感じさせたり、自転車のシルエットを照らすことで局所的に情報量を増やしたり……。
遠くの壁を照らしたいときは、スポットライトが便利です。間接照明と呼ばれる照らし方ですね。スパイクタイプのスポットライトは、主張せずに光量を確保できるため重宝します。デイタイマーと一緒にホームセンターで手に入れることができますので、間接照明を始めたい方の第一歩には最適でしょう。
明かりにこだわった生活を手に入れるためには、高価で特別な器具を購入したり、大掛かりな工事をしたりするのだろう……と思いこんでいるとしたら、それはとても勿体ないことです。空間との関係を少しだけ捉え直し、表現する。そのツールの1つとして、光と影で遊んでみて下さい。
著:岡田麻沙