憧れのトロピカル

1970年代の終わり頃、トロピカルブームがありました。
サントリーが「トロピカル・カクテル」なんていう色とりどりのお酒を売り出して、それがテレビCMで流れてた頃。
ハワイなのか南太平洋なのかアメリカ西海岸なのか東南アジアなのか、場所はよくわからないけどとにかくざくっと南の島の白い砂浜、ヤシの木陰のサマーベッドで、傍らのテーブルにはパイナップルの刺さったカラフルなカクテルが、っていうのに憧れたわけです。
しかし実はブーム以前にも、日本人の心の奥には南国的なものに対する憧れがあったように思います。
最近ちょっと見かけませんが、民家のちょっとした庭にはユッカ(リュウゼツラン)が定番でしたし、
いまもURの団地には必ず蘇鉄が植わってますよね。
むかし和歌山県、南紀白浜にあった「ハマブランカ」なんて、その象徴のように感じます。
「白浜」と「カサブランカ」を合わせた、という辺りからすでにもうトロピカルじゃないですか。

楽園のイメージ

トロピカルという言葉にはそれ自体楽しげな、嬉しげな気分をまとっています。
日本語では「熱帯の」と訳されます。例えば「熱帯夜」というと暑苦しく寝苦しい夜を想像しますが、
「トロピカル・ナイト」と言えば一気にめくるめく魅惑の夜のような雰囲気じゃないですか。
…あれ?そうでもないかな。
人の感じる理想の住み処を「理想郷」とか「楽園」とか言いますが、この「楽園」というのの条件はやっぱりさんさんと降り注ぐ太陽だと思います。
じりじりと照りつけるのではなく、あくまでも「さんさん」とです。もちろん空気はからっと爽やかです。
むしむししてたら楽園とは言えません。
そしていつも心地よい風が吹き抜けていないといけません。
そんなトロピカルな楽園を感じられる住まいとは、いったいどんなものでしょうか。

トロピカルなインテリア

トロピカルな室内というと、やはりパステル調のカラフルな壁、涼しげな籐編みのチェア、南国的な観葉植物、天井でゆっくりと回るファン、といった感じでしょうか。
山か海かと聞かれればもちろん海、北か南かと聞かれればもちろん南です。
南も行きすぎると寒くなる、という意見もありますが、南過ぎて寒い地域は南極も含めてあまり人が住んでいないイメージが強いので除外します。
そもそも「トロピカル」というのは「南北のトロピック(回帰線)に挟まれたエリア」から来た言葉だと考えられるのですが、南回帰線よりも南はあまりおおきな陸地が無いですね。
南アメリカの南1/3くらい、アフリカの南の一部、オーストラリアの南側…あれれ、意外と人が居るかも知れません。でも、勢いで除外します。
回帰線はだいたい緯度23.4度くらいですが、緯度の話で言うとヨーロッパは結構緯度が高いです。
南のイメージが強いスペインでも日本の秋田県くらい、フランスやドイツは北海道と同じかもっと北にあります。あの明るく楽しげなモナコでも、北さ加減では旭川と同じくらいです。
なので、ヨーロッパの人々はトロピカルに対する憧れがあるといわれています。
小説家のサマセット・モームはシンガポールに長期滞在しましたし、彼の「月と6ペンス」という小説のモデルとされる画家のゴーギャンは、晩年をタヒチやマルキーズ諸島で過ごしています。
南の島の空気を感じられそうな「素朴で明るくシンプルな部屋」というのがやはり「トロピカルな室内」でしょう。
 

トロピカルで楽しげな外観

対して、トロピカルな外観というのはどんな感じでしょうか。
南国的な植栽、その葉陰がくっきりと描き出される白い壁、パステルカラーの木のドア、といった正攻法のトロピカルがまず思い浮かびます。
バナナの葉で葺いた屋根、基本的に壁無し、といった本当に南の島の人の家もまた紛れもなくトロピカルですが、それを日本で採り入れてしまうのはあまりにもストロングスタイルというか「冬場どないすんねん」という現実的かつ切実な懸念もあるので難しいですね。
究極のトロピカルはおそらく、タヒチやモルディブなどの水上コテージでしょう。遠浅の白い砂浜に延びる桟橋、両側の水面上に並ぶ真っ白なコテージ。しかしこれはもはや住宅ではなくリゾートホテルですから現実性がありません。
ただ、そのエッセンスを取り入れることはできるかも知れません。
海そのものは無理でも、海の雰囲気や潮風を感じさせるオープンな雰囲気のエントランスなど、工夫次第で演出できそうです。
トロピカルな外観の良さは、もちろん涼しげだったり楽しげだったりという、その場の雰囲気といったことでもあるのですが、さらに「そこに暮らしたらどんなに楽しいだろうか」という明るいライフスタイルを予感させることだと思います。
人生をちょっと楽しくしてくれそうな、夢のあるエクステリアはきっと人を惹き付けるに違いありません。

著:おじま あきら

鵠沼のサーファーズ・ハウス

出典:外リノギャラリー

高台の神戸港

出典:外リノギャラリー